恵那山トンネルのプロジェクトの一員になったのは、1973年(昭和48)の冬であった。交通流理論の基礎的研究をしていた私にとって、道路トンネルの換気は全く初めてのシステム対象である。トンネル内での汚染ガスはトンネル内の車両が発生源であるから、トンネル換気を扱うには、トンネル内の交通流の把握が重要だと考えたのは当然のなりゆきであった。

 海外の文献調査から、「道路トンネル内交通の推定法」や「高速道路の交通流抑制制御」など、当時最新の文献がいくつか見つかった。1),2),3),4),5) それらの文献の中に、IBMのD.C.Gazis氏がニューヨークのリンカーントンネル内の交通流の把握を、コンピュータを駆使して成功したという論文があり、強く興味を引かれた。 1),2) これは、トンネルの入口と出口に交通量計を設置しそのデータからトンネル内の車両台数と平均車速を推定しようとするものであった。

Gazis氏の区間交通流推定手法を恵那山トンネルに適用するには、日本の高速道路での確認検証が避けて通れない。幸いなことに、恵那山工事事務所のU課長のご理解とご支援により、この確認検証の機会をいただけることとなった。実験場所は名神高速道路天王山トンネルと梶原トンネルの間の明り部である。この明り部に当時あった鶏林橋というオーバーブリッジと天王山トンネル坑門間の2kmの区間を、確認検証の対象区間とした。

「高速道路における自動車密度推定手法の実験的検討」より6)

この両地点を通過する車両の通過時刻と速度を2レーン(レーン毎)で全数計測するのである。地点毎に配置された担当者が、通過時刻を時計で、速度をレーダドップラーセンサにより計測記録した。この区間内の車両台数は、この道路区間の北側にある「たけのこ山」の3地点に人を配置し、望遠レンズ(1000mm)と自動シャッター(1分毎タイマ)を装置したカメラで撮影された写真により数えた。

 この実験は、1974年(昭和49)の3月5日~7日に行われた。総勢20名を超える実験メンバーは、宿舎である天王山山中の宝積寺の僧堂に3月5日夕刻、集合した。3月6日は朝から雨が激しく、実験を取り止めざるを得なくなった。3月7日朝、6時に雨があがったのを機に全員配置につき、7時~9時までデータを取得した。(10時以降、再び降雨が激しくなり、写真撮影はやむなく中止せざるを得なくなった。)

この実験で得られた貴重なデータは、その後のプロジェクトの方向性に重要な役割を果たすこととなった。また、この実験は、プロジェクトの進捗に欠くことのできないチームワークを醸成する天王山となった。

この計測データを用いて、Gazis氏の手法を確認した結果を次の図に示す。

「高速道路における自動車密度推定手法の実験的検討」より6)

この図では、たけのこ山で撮影された写真から計測した車両台数(●印)と、鶏林橋と天王山トンネル坑口で計測した通過車両の計測データから推定した車両台数(〇印)を示したものである。7時20分の車両台数を50台と仮定した場合、7時30分には、〇印(推定車両台数)は●印(実計測数)とほぼ同様となることがわかる。この結果から、Gazis氏の区間交通状態推定手法の有用性が確かめられた。6)

天王山の実験の1ヶ月後、1974年4月21日、私はサンフランシスコに向けて羽田を発った。これは私の初めての海外出張であった。サンフランシスコで開かれたIEEEの回路理論学会(ISCAS)で、交通流配分の論文を発表するためであった。7)

この出張時に、日本道路公団のW次長の紹介で、ニューヨーク、リンカーントンネルの換気制御システムを視察する機会を得た。リンカーントンネルでは、オペレータが交通量に基づき換気量を定める方式(手動制御)が採用されていた。リンカーントンネルを見学したあと、ニューヨークの北部にあるIBMワトソンリサーチセンターにGazis氏を訪ねた。Gazis氏は同僚と共に私を歓迎し、天王山トンネルの実験の話に耳を傾けてくれた。

この海外出張の体験を通して、技術テーマを共有する技術者同志は、たとえ言語能力が高くなくても、共通技術に関して話を通じ合えるという事を学んだ。このことは、その後の私の生き方の大きな支えとなった。 つづく

参考文献:

1) D.C. Gazis and R.S.Foote, “Surveillance and control of tunnel traffic by an on-line digital computer” Trans. Sci., 3-3, P255-275 (1969)

2) D.C. Gazis and C.H.Knapp, “On-line estimation of traffic densities from time-series of flow and speed data” Trans. Sci., 5-3, P283-301 (1971)

3) N.E.Nahi and A.N.Trivedi, “Recursive estimation of traffic variables; section density and average speed” Trans. Sci., 7-4, P269-286 (1973)

4)L.Isaksen & H.J Payne, “Freeway traffic surveillance and control” Proceedings of the IEEE, 61-5, P526-536(1973)

5)L.Isaksen & H.J Payne, “Suboptimal control of linear systems by augmentation with application to freeway traffic regulation” IEEE.Trans., AC-18-3, P210-219(1973)

6) 渡辺幸太郎 中堀一郎他「高速道路における自動車密度推定手法の実験的検討」 三菱電機技報94-4 P254-258 (1975)

7) I.Nakahori and S.Handa, ”Traffic Assignment with a piece-wise Linear Road Characteristic” IEEE International Symposium on Circuits Systems, San Francisco (1974)